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2008年9月11日木曜日

安芸国分寺周辺遺跡(9月11日)

調査が始まって2週間がたちました
 調査では遺跡の中央で、長さ約5mの溝状遺構(SD1)を検出しました。SD1は西側へ向かってだんだんと深くなっていき、一番深いところでは、約1mにもなります。遺物は、緑釉陶器や10世紀以降のころのものと考えられる須恵器や瓦などが出土しています。
 安芸国分寺跡の寺域から外れたところにあるので、直接の関連があるかわかりませんが、同時代に存在していたと考えられます。

 
 
 
 

安芸国分寺周辺遺跡(9月1日)

遺跡の調査を開始!

 安芸国分寺周辺遺跡の調査が始まりました。遺跡は平成18・19年度で行われた調査地の北側になります。調査面積は210㎡で、9月末までの調査を予定しています。
 周辺の皆さまには、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

2007年11月5日月曜日

安芸国分寺周辺遺跡(11月5日)

発掘調査終了記念号
 
 都市計画道路吉行泉線街路整備事業に伴い、5ヵ月間に渡り実施して参りました安芸国分寺周辺遺跡の発掘調査も、先日10月末日を持ちまして終了いたしました。
 今回は、5ヶ月間の調査の模様をダイジェストでお送りします。


 6月 発掘調査開始
 
 第1調査区から調査を始めました。
 調査区の東際(右写真の左側)昨年度の第1・2調査区で発見されていた溝状遺構を今年度も検出しました。

 






7月 溝状遺構の調査


 
第1調査区東際(右写真中央)で検出した溝状遺構・SD1(仮)の調査を本格的に開始しました。
 昨年度の調査と同様、溝幅の全体像を把握することは、既存の道路下にかかるため困難でした。
 また、溝の痕跡は、この第1調査区内において終了するということがわかった。











 右の写真は、SD1(仮)の遺物出土状況を真上から撮影したものです。
 須恵器の杯身や土師器の甕片などが出土しています。

 









 この写真は、先程と同じSD1(仮)の遺物出土状況を西側から撮影した状況です。手前にみえている赤い塊は、焼土と考えられます。










 SD1(仮)を完掘した状況です。
 既存の吉行泉線と並行であることがわかります。
 
 ところで、道路を挟み、右写真の角にわずかに見える道路際の植栽がお分かりになるでしょうか。
 
 この部分を含み、現在公園となっている地点では、以前、当文化財センターが実施した史跡安芸国分寺跡の発掘調査において、築地塀と雨落ち溝の遺構を発見しています。
 やはり、このたびの溝と並行に沿っていることから、その関連が伺えますが、これから発掘調査報告書を製作する段階で、研究を深めたいと考えております。

 次の写真は、実測という測量作業の模様です。
 真ん中にあります隅丸長方形状の遺構の形を書いている様子です。
 原寸大で書くと、紙がいくつあっても足りませんので、遺構の平面図を書く場合、通常であれば、専用の方眼紙に当センターでは20分の1で書くことが多いです。







 平面図を書いた後は、その書いた遺構や地面の標高を書き記しておく必要があります。
 その為の作業が、右写真のレベリングです。
 
 実際どんな風に作業するかといいますと、手前の人が、レベルという測量機器で奥の人が持つスタッフという言わばものさしに記されている目盛りを読むという方法で、標高を図面に記入していきます。

 ただし、記入した標高は、レベルの目線でみた目盛りの数値なので、そのままでは活用できません。
 実際の標高を復元する際には、このレベルの目線の数値から計測した各標高を引いて、数値を割り出す必要があるのです。

7月末 第1調査区の調査終了

 右写真は、第1調査区空中写真撮影の模様です。
 この頃すでに猛暑がやってきておりました。
 しかし、この後もっと厳しい暑さがやって来ようとは・・・












8月 第2調査区の調査はじまる。

 調査の舞台を南側に移し、第2調査区の調査が開始しました。
 







 

9月 時にはこんなことも・・・。

 昨年は非常に多かった局地的な激しい雷雨。
 今年は、暑すぎて大変でしたが、雨が降らないから調査としては助かるなと思っておりました。
 しかし、時にはそんな順調な調査を不意の夕立が襲うこともありました。
 右写真は、排水が間に合わず、調査区の半分程度が水没した第2調査区の状況です。
 夕立の後は、うその様に晴れあがっていました。
 



 これは、掘立柱建物になるかなと考えている柱穴列群です。仮にSB1と名づけています。
 推定箇所も含め考えると、2間×5間の長方形の建物となりそうです。いくつかの柱穴には、柱材が残存していました。
 時期は、検討中ですが、近世の磁器などが出土していることから近世後半あるいは近代にかかるような建物であったのかと想定しております。






10月 ラストスパート!

 いよいよ、最後の1ヶ月。調査も仕上げ段階です。
 さて、そんな中、興味深い柱穴が発見されました。
 右写真は、掘立柱建物と考えられるSB2(仮)の柱穴の一つ(P1)です。
 







 上記のような柱穴は、右写真のようにもう1基発見されました。SB2(仮)のもう一つの柱穴(P2)です。
 なお、こちらは南側に位置する柱穴になります。
 穴の中央にもう一つ浅く小さい穴があるのがお分かりでしょうか?
 ここには、柱材の痕跡が残っていました。








 右は、SB2(仮)のP1とP2という2つの柱穴の中心間距離を示した写真です。おおよそですが、約3.3mあることがわかりました。
 この遺構は、古代の柱穴である可能性もうかがえるのですが、残念ながら特定に必要な遺物が1点も出土しませんでした。
 ということで、その特定には、さらに検討が必要であると考えております。






10月末 調査終了

 そんな訳で、5ヶ月の調査も終了となりました。
 右写真は、第2調査区で出土した遺物です。
 須恵器や土師器といった古代の土器類、近世~近代の陶磁器類など出土しています。
 第1調査区の成果を合わせると、多くの遺物が出土しました。 これから、発掘調査報告書を作成していくにあたり、この成果をまとめ、地域の歴史を解き明かす資料としてまとめていこうと考えております。
 
 では、 安芸国分寺周辺遺跡のブログはこれにて終了いたします。
 
長らくのお付き合い誠にありがとうございました。 

 おしまい

2007年11月1日木曜日

安芸国分寺周辺遺跡(10月29日~31日)

全ての調査を終了致しました。

 右の写真は、第2調査区の完掘状況を撮影した全体写真です。
 今回の発掘調査は、非常に天候に恵まれ、予定通り作業がはかどりました。第1調査区とあわせて5ヵ月間に渡る調査もこれで終了となりました。 



左の写真は、掘った土を埋め戻している状況です。
 現場を掘り起こしたときのように、バックホーと呼ばれる重機で埋め戻し、地面を平らに整えています。






 右の写真は、埋め戻しを完了した状況です。

 












 









 最後は上の写真にありますように、仮設しておりました現場事務所を撤去して、発掘調査は全て終了となりました。

 何事も無く、無事終了し調査員・作業員一同、安堵しております。 近隣住民の皆様方をはじめ、ご通行の皆様方には、5ヶ月間に渡りご迷惑とご不便ををおかけしましたことをお詫びいたしますとともに、ご理解とご協力を賜りましたことを御礼申しあげます。
 この調査の成果につきましては、今後、発掘調査報告書を作成し、公開していく予定です。
 また、その一部については、また後日、このブログにてご紹介したいと考えております。

2007年10月23日火曜日

安芸国分寺周辺遺跡(10月15日~19日)

ヘリコプターがやってきた!
 
 発掘調査もいよいよ大詰めを迎えました。
そんな中、左の写真にあるように、なんと今日は現場に巨大ヘリコプターが出現・・・!?

 ・・・って、実はこれラジコンヘリコプターなんです。
 発掘調査では遺跡全体を掘りあげた後、その調査範囲全体を撮影するために、このようなラジコンヘリコプター(略してラジヘリ)を利用することが多いのです。



 右の写真にありますように、ラジヘリ専門のオペレーターの方にお願いして撮影を行います。
 住宅街ゆえ、電線や道路等、気を遣うことが多い場所なのですが、熟練の操作によって無事撮影を完了することができました。
 付近の皆様方には、騒音等でご迷惑をおかけしたことと存じます。この場にてお詫び申しあげます。
 
 空中撮影も終了したことで大きなヤマ場を越えました。調査も残り僅か、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

2007年9月25日火曜日

安芸国分寺周辺遺跡(9月21日)

発掘調査点描~その2~
一直線に伸びるこの機械。発掘現場では非常に重宝するものなのですが… さて、これは一体なんでしょうか? ↓     ↓     ↓




 正解は、土を自動的に運ぶための機械「ベルトコンベアー」でした。  発掘調査では、多量の土が出るため、このような機械が必要となる場合が多いのです。  当センターをはじめ、全国の多くの発掘調査機関で利用されており、“ベルコン”の略称で親しまれています。


2007年9月10日月曜日

安芸国分寺周辺遺跡(9月7日)

発掘調査点描~その1~
「9月の調査風景より」

 
9月になっても暑い日々が続きます。
 このブログをご覧いただいているみなさまもきっと残暑でお疲れのことと存じます。
 夏の疲れが出る時期ですので、どうぞお体にはご自愛ください。
 そんな中、発掘調査もがんばっております。



 古代の遺構が存在する面より上層の土(遺物包含層)を除去している様子です。



 古代の遺構面です。「どこにあるかなぁ?」と道具で土を削りながら、遺構を探している様子です。


 発掘調査で使う道具は、非常にたくさんあります。
 ちなみに調査で使用する道具は「刷毛」や「竹串」だけではありません。
 これらの発掘道具ですが、全国各地の土質などにより、その道具も違います。
 上記写真のような検出作業の場合、当センターでは、主に小型の両刃鎌(「ミニ三角」とか「ガリ」などと言います。)を利用します。

 機会がありましたら、道具の紹介もしてみたいと考えております。



2007年8月31日金曜日

安芸国分寺周辺遺跡(8月20~24日)

中学生たちが遺物整理作業を体験しました。

 右の写真は、東広島市立高屋中学校2年生の4人による「遺物洗浄作業」の様子です。

 彼らは、8月20日から24日までの5日間、当センターにて職場体験学習を行いました。

 この職場体験学習(わくわく・ワーク)は、東広島市教育委員会が市立中学校の2年生を対象に、毎年実施しているものです。 

 「遺物の材質の違いによって、洗い方にも配慮が必要だよ。」「遺物をよく観察して、使うブラシを替えてね。」などといった職員による遺物洗浄の際の注意にも、彼らはしっかり耳を傾け、上手に作業を行っていました。

 当遺跡から出土したばかりの瓦や須恵器を初めて手にした彼ら。洗浄しながらきれいになっていく遺物を見て、表れる「うつわ」の色や瓦の布目などに興味津々の様子でした。

 

2007年8月27日月曜日

安芸国分寺周辺遺跡(8月20~24日)

炎暑!?お見舞い申しあげます...

 安芸国分寺周辺遺跡の調査は、8月より、第1調査区から第2調査区へと移りました。今後10月末までの予定で調査を継続してまいります。
 8月24日現在、包含層の除去作業を行っており、古代の瓦や須恵器などが出土しています。

 
 しかし、今年は本当に暑いですね~...
 「地球は一体どうなってしまうんだろう...」  そのようなことを炎天下の中の現場で考えてしまうほどのこの暑さ。否、あえて「熱さ」と表現させていただきたい。
 
 右の写真は、お盆明けの週より再開した第2調査区の作業風景です。
 あまりに熱い日々が続くため、写真奥にありますように日よけ用のテントを設置しました。
 なんとかこの
「熱さ」から逃れたい... このテント、果たして現場の救世主となってくれるでしょうか!?
  
 
 

2007年8月9日木曜日

安芸国分寺周辺遺跡(7月30日)



第1調査区の作業風景で、遺構の掘り下げ作業を行っています。

奥に見えている芝生の公園は、安芸国分寺歴史公園で、写真中央の電柱右脇に見えるのが安芸国分寺です。

安芸国分寺歴史公園は、貴重な歴史遺産を保護するとともに、市民の憩いの場として、東広島市によって整備されています。当時の築地塀の位置を生垣で表示したり、講堂や金堂の建物位置も再現してあります。一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

安芸国分寺周辺遺跡(7月31日)



6月は、梅雨とは思えぬ晴天続きでしたが、7月に入り梅雨らしい天気が続くため、調査も足踏み状態となっています。

第1調査区の調査は、現在中世から近世・近代といった時代の調査を終え、それより古い古代遺構の調査に入っています。

右の写真は、6月末に撮影した中~近世・近代遺構の完掘状況写真です。

2007年6月5日火曜日

安芸国分寺周辺遺跡(6月5日)



 本日より安芸国分寺周辺遺跡の発掘調査が始まりました。
 今日は、発掘現場に係る周辺環境の整備等を行った後、バックホーと呼ばれる重機にて現代の整地層を除去する「表土剥ぎ」という作業を実施しました。

 昨年も隣接する部分の調査をさせていただきました。その際、史跡安芸国分寺跡の寺域を示す、あるいは、一説に寺域外に存在の可能性が考えられる道路遺構の可能性もある溝状遺構を検出するなどの成果をあげております。

 さて、発掘調査では、まず本日行った表土をはぐ作業を行います。
 その後、かつて暮らした人々が築いた生活の痕跡である遺構(例えば、住居跡や溝、穴、井戸などなど)を検出する作業へと続きます。
 明日も引き続き表土剥ぎの作業を行います。近隣の皆様方にはご迷惑をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。