係って、 平成23年7月から高屋うめの辺遺跡の発掘調査を行っています。
近畿大学周辺では、 昭和60年(1985年) から、
東広島ニュータウン遺跡群として発掘調査が行われ、
古墳や竪穴住居跡などが見つかっています。
今回発掘調査をおこなっているうめの辺1号遺跡では、
表土を取り除いたところで、 竪穴住居跡や段状遺構など
が見つかっています。
発掘作業員の中には、近畿大学付属東広島高校を卒業して、
大学で考古学を専攻している学生が、夏休みを利用して、
実際に発掘現場を体験し、測量をしたり図面を描いたり、
遺跡の掘り下げなどをおこないました。
「高校に通っている時は、こんなに身近に遺跡があるなんて
知らなかったです。」とのことでした。
また、先日は、中国からの
留学生が発掘の体験をされ、
夏の暑い時期でしたが、
はじめての体験を楽しんでいる様子でした。
ちょっと気にしてみると、みなさんのまわりでも発掘調査がおこなわれているかもしれません。

ほぼ同じところに何度も住居を建て替えているということは、この土地がよほど住み良い場所だったのでしょう。
住居内からは炉と思われる炭化物層や焼土層のある土坑や多数の柱穴が検出されました。壁溝が多数あり、何度も拡幅しながら建て替えが行われたようです。
調査が進むにつれ、遺跡の性格が明らかになってきていますが、調査途中のため、まだ詳細の分かっていない黒色土部分があります。今後はその部分の調査を進めていき、遺跡の全容を探っていきたいと思います。
この黒色土からは、大量の弥生土器や石鏃(せきぞく)などが出土しています。また、堅穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)と思われる遺構も見つかっていますが、まだ調査途中のため、詳細が分かり次第、ご紹介いたします。
乃美3号遺跡からは、以前にご報告した竪穴住居跡や土器が出土した土坑以外にも、たくさんの遺構がみつかりました。
直径約60cmの円形に組まれた石が、赤く焼けている状態で見つかりました。後世に上の部分を削られているため、上部構造は分かりませんが、”火”を使った施設に間違いはないでしょう。食べ物を焼いたり、煮たりするときに使われた炉の可能性もあります。時期については、遺物がないため分かりませんでした。