2012年6月19日火曜日

乃美2号遺跡の発掘調査がはじまりました

6月中旬より、豊栄町乃美でほ場整備に係る発掘調査が始まりました。

調査範囲は約2000㎡で、10月までの約5か月の予定です。

現在までに、堅穴住居跡、溝状遺構や土坑などが検出され、弥生土器、土師器、須恵器、土師質土器などが出土しています。



乃美2号遺跡作業風景



詳細は不明ですが、弥生時代と考えられる住居跡からガラスの小玉が出土しました。住居跡からガラス小玉が出土したのは、平成23年度の乃美1号遺跡に続き乃美遺跡群で2例目です。


ガラス小玉 出土状況

遺跡の詳細はまだよくわかっていませんが、進展があり次第ご紹介していきたいと思います。


なお、平成23年度の乃美1号遺跡から出土したガラス小玉などは、文化財センターで展示していますので、ぜひ実物を見にお越しください。

2012年2月14日火曜日

鏡山城跡へいらっしゃいませんか?

(城跡北側の伐採作業)






 文化財センターでは、平成22年度から史跡鏡山城跡の環境整備を行ってきました。昨年度は、1郭から5郭までの各郭と城の南北にある畝状竪掘群などの周辺を伐採しました。2年目の今年は、東西に延びる遊歩道付近を中心に伐採を進めてきました。




(ブールバール側から見た鏡山城跡の御殿場)




 伐採が終了した現在では、遠くから御殿場や2郭の姿をはっきりと見ることができます。また、今までは木に覆われていた堀切や竪掘などの遺構もよく観察できます。特に西側の1号・2号堀切はその大きさや急傾斜に驚かれるのではないでしょうか?












(西側第1堀切)



 これから、春に向けて暖かくなり、おでかけにはぴったりです。きれいになった鏡山城跡へぜひおいでください。

2011年12月16日金曜日

山居(さんきょ)遺跡(12月16日)

山居遺跡(河内町)の発掘調査が終了しました。調査にご理解・ご協力を賜りました皆様には、心より感謝申し上げます。

 調査の成果について、ご紹介します。
 今回の調査区からは、堅穴住居跡の可能性が考えられる遺構や土坑、柱穴が見つかりました。
 また、遺構に伴うものではないのですが、堆積土中より縄文土器の破片が多数見つかりました。
 下の写真が縄文土器です。東広島市内では、縄文土器の出土例は少なく、貴重な資料です。





 今回の調査区のすぐ南(平成2年度の発掘調査)でも、縄文土器が見つかっており、河内町内には縄文時代から人々が暮らしていたようです。


 今回出土した縄文土器は、河内町にある出土文化財管理センターでご覧になれます。

2011年12月2日金曜日

うめの辺1号遺跡(12月5日)

 7月から開始した調査もようやく終了しました。今回の調査では、奈良時代から平安時代にかけての建物跡や遺物が見つかりました。特に県内2例目の出土となる青銅製のベルト飾りや陶馬など古代の貴重な資料を得ることができました。



 今回、残念ながら遺跡見学会を開催することができませんでしたが、改めて皆様に詳しくお話する機会を設けたいと考えております。もうしばらくお待ちください。



 最後に、発掘調査を行うにあたってご協力いただいた関係者の皆様に深くお礼申しあげます。

2011年11月16日水曜日

山居(さんきょ)遺跡(11月16日)

河内町中河内に所在する山居遺跡の発掘調査が始まりました。

 今回の発掘調査は、一般国道432号交通安全施設等整備事業に係る調査です。
 
 下の写真は、調査区を南から撮影したものです。
 道路の両側の部分が調査区になります。
 また、すぐそばには河内小学校があります。


 現在のところ、柱穴や溝など見つかっています。
 また、出土遺物としては須恵器や陶磁器の破片などが見つかっています。 

2011年11月15日火曜日

うめの辺遺跡(11月18日)


 今回は,遺跡から出土した遺物紹介の第2弾をお届けします。
 写真①は須恵質のやきものでできた馬です。最初に頭部が出土し、その後脚が1本と胴体が出土しました。胴体には、鞍を表現した粘土紐が貼り付けられた跡がありました。これは、陶馬(とうば・とうまとも)といって、古代の役所跡などの近くを流れる川や溝から出土することが多く、水辺で行うまつりや雨乞いに係わるものと考えられています。
             (写真①)



 陶馬は、完全な形で見つかることはなく、一部分がわざとこわされています。これは神に馬をささげる目的があるとされています。
 このまつりの願いは果たして神様に聞き入れてもらえたのでしょうか?






  
        (写真②・顔部分の拡大)
















うめの辺1号遺跡(11月14日)

 発掘調査も終盤に近づいてきました。調査では、『段状遺構』と呼ばれる建物跡が4軒見つかっています。これは斜面をL字状に削りだして平らな面をつくり、そこに住居や作業小屋などを建てるものです。斜面の下側部分は、長い年月の間に崩れて無くなっているため、その全体を知ることはできません。


 写真の段状遺構は長軸が約7m、短軸が約5mあります。 柱跡とみられる穴がいくつも重なって検出されていることから、何回も建て直しがあったと考えられます。