平安時代の掘立柱建物を発見!
調査区の南東部に6基の柱穴が見つかりました。柱穴は、最後列4基(下の写真中央から上に斜めに4基並んでいます。)、その前面に2基(下の写真では手前に2基並んでいます。)が検出され、中の1間が柱間が約3.2m、両端の柱間が2.4mとなっていました。このように中央が広くなる柱の配置は、一間四面の阿弥陀堂建築に見られる形式で、この建物が阿弥陀堂であった可能性を示しています。また、写真手前の柱穴より左に約1m離れた道路沿いに基壇の端を確認することができ、平安時代における高屋地域への浄土信仰の伝播や様子をうかがうことのできる貴重な資料を得ることができました。
建物跡の周辺からは、須恵器の椀、皿、坏、甕、土師器の皿、坏のほか、布目瓦の破片や鉄釘も見つかっており、11世紀ごろの建物であると考えられます。